ブライト・スター

 映画についてとても造詣の深いマイミクさんに、「英語のリスニングの勉強になりそうな、発音のきれいなイギリス映画はありませんか?」と、不純な動機(笑)でオススメの映画を教えてもらった。それで、去年公開されたジェーン・カンピオン監督「ブライト・スター」という作品を紹介して頂いた。
 イギリスのロマン主義詩人ジョン・キーツと、その婚約者であるファニー・ブーロンが主人公の恋愛映画だ。DVDを探したけれどまだなくて、調べたら三軒茶屋の映画館でちょうど上映していることが分かり、仕事が落ち着いたこともあって観に行ってきた。


 ジェーン・カンピオン監督という名前に何か聞き覚えがあるな……と思ったら、あの「ピアノ・レッスン」の監督だった。「ピアノ・レッスン」は、19世紀のニュージーランドが舞台で、失語症でピアノだけが表現手段というスコットランドの女性が嫁いで来て、そこで現地に溶け込んでいる別の野生的な男と激しい愛に陥るという、女性の気迫に満ちたかなり壮絶な作品だった。マイケル・ナイマンの音楽が好きで、僕はDVDを持っている。
 また、同じ監督の作品で「イン・ザ・カット」という映画も教えてもらい、折角なのでそちらもDVDを借りた。こちらは現代アメリカの話で、連続猟奇殺人事件を捜査中の怪しげな刑事と激しい愛に陥るという、やはり壮絶な作品だった。
 そんな2作品を観てから最新作の「ブライト・スター」を観に行ったので、今回も同じような感じなのかと、何というか身構えていた(笑)。だけど、この作品については、作風がまったく違って、とても清冽な美しくい作品だった。


 裕福な中流家庭の娘であるファニー・ブーロンは、売れない貧乏な詩人のジョン・キーツと出会う。個性的なドレスを裁縫したり舞踏会に出掛ける普通の少女だったファニーだが、出版されていたキーツの詩を手に取って感銘を受け、詩の授業をしてくれるようキーツに申し込む。そんなファニーの美しさや、結核に冒されて死の床にいる弟を見舞ってくれた優しさに、キーツは段々と心を惹かれていく。何度かのすれ違いを乗り越えて二人は恋人となり、キーツの詩も詩壇で徐々に認められ始める。
 しかし、弟と同じ結核キーツも倒れてしまう。日に日に弱っていくキーツを、友人達は温暖なイタリアで療養させようとする。そしてファニーは、離れ離れになってしまうキーツと婚約を決意する。


 ストレートな恋愛映画で、恋をした事のある人ならみんな共感できると思う。恋をするファニーの鮮やかな感情を、画面全体が歌い上げているようだった。それも決して華美というわけではなくて、19世紀のイギリスらしい、淡く落ち着いた色彩で描かれている。オフホワイトの部屋の中を舞うピンクのドレスや、森の中に広がる一面の青い水仙、夏の強い日差しや、夜の暗がり、雪の白……。
 そんな豊かな色彩を見せるファニーや季節の情景とは対照的に、キーツ自身はいつも同じ青い上着でいる。もちろん貧しさもあるのだろうけれど、同時に、一種の諦観や宿命のようなものも見て取れる。名声や時間や生死を飛び越えた、詩人の姿なのだと思う。そして劇中のキーツは、とても深い世界と繋がりながら、人と無邪気に触れ合って喜ばせることも忘れない。本当の詩人にはそういう無邪気な部分が必ずあるのだと思う。


 面白いと思ったのは、この映画がファニーの視点から描かれていて、女性の感情はとても明快に伝わってくるけれど、キーツにはミステリアスな部分が残っている点だ。男性陣である僕からすると、ふつう女性はミステリアスで、男性は分かりやすく感じられる。それが、この映画だと男性がどこか神秘的にすら思える。キーツというキャラクターのためでもあるのだろうけれど、女性にとっても恋をした相手はミステリアスに見えるのだろうか? あるいは、ミステリアスだと恋をするのだろうか……。


 そんなこんなで、とても良い映画だった。作品を色々と教えてくださったマイミクさん、ありがとうございました!

http://brightstar-movie.jp/index.html

対訳 キーツ詩集―イギリス詩人選〈10〉 (岩波文庫)

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ピアノ・レッスン [DVD]

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